2017年12月20日
社会・生活
上席主任研究員
貝田 尚重
「もう遠くまでお墓参りに行くのは無理だから、家からの交通の便がいい場所にお墓を移したい。そのほうが、お母さんの死後、あなたも楽でしょう」―。高齢となり身体の自由が利かなくなった母の一言で、私には「墓の引っ越し」という重大任務が課された。東京都下の大規模霊園から横浜市内の墓地への移転を模索しているが、正直なところかなり難儀している。しかし、「わが家の特別な事情」を皆さまにお聞きいただこうというわけではない。「墓」問題はこれから社会問題になることが確実なのだ。
2017年版の高齢社会白書によると、2016年10月1日現在の人口は1億2693万人で、このうち65歳以上の高齢者人口は3459万人。総人口に占める高齢者の割合は27.3%で、3.7人に1人が高齢者ということになる。平均寿命は2015年現在、男性80.75歳、女性86.99歳で日本は世界に冠たる長寿国家だ。
しかし、生命あるものにはいつかは必ず終わりが訪れる。つまり、長寿社会の次にやってくるのは、多死社会ということになる。日本の2016年の死亡者数(推計値、厚生労働省発表)は129万6000人。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、死亡数はこの先徐々に増加し、2040年には167万9000人でピークを迎え、しばらく160万~150万人台で高止まる。
特に深刻なのは首都圏だ。高度経済成長期以降、地方から都市部への人口流入が続いている。この間、地方は過疎化の問題に悩まされてきたが、都市部では流入してきた人がそのまま定着して年老いていくため、高齢者数の増加という問題に直面しつつある。例えば、2015年から2030年までの15年間に東京都や神奈川県では、75歳以上人口がそれぞれ50万人以上増える見通しなのだ。つまり、その先には墓のニーズが急拡大し、場合によっては墓不足が生じることが予想される。新たに墓を購入する人もいれば、故郷にある墓や郊外に購入した霊園から近場に改葬したいニーズも重なる。一方で、「少子化」「非婚化」が進んでいるため、墓を継承してくれる人がいないケースも増えている。
こうした問題を先取りするように2000年以降になって、都市部を中心に駅近でマンションタイプの「納骨堂形式の墓」や、継承を前提とせず、墓碑代わりの樹木の下に共同埋葬する「樹木葬型の墓」など、新しいタイプの供給が増えてきている。高度経済成長期に団地やマンションが大量に供給されたのと同じように、「死後の住処(すみか)」も一戸建てではなく、集合住宅形式が有力な選択肢になってきているのだ。時代のニーズをくみ取り、由緒ある寺が宗派の壁も取り払った合葬型の墓地を設けるケースも出ている。
インターネット上には何種類もの墓・霊園探しのためのサイトがあり、希望の地域や価格帯などの条件を入力すると、候補の墓を推奨してくれる。ただ、未知の分野だけに何を信頼していいのか手がかりがない。驚くほどのお手ごろ価格で「永代供養」をうたう業者がいれば、個別に墓石を建てない合葬墓なのに高級乗用車を買えるほどの額がかかるケースもある。運営する宗教法人の格の違いによるのか、地獄の沙汰もカネ次第という雰囲気が漂う。金額の違いにどんな意味があるのか、パンフレットを見たり問い合わせしたりしても、なかなか納得のいく説明が得られず悩んでしまう。
「経営主体が安定していて、料金システムが明確で、墓参りに行く際の便がよい」などの条件が揃うため、自治体が運営する公営墓地は人気が高いそうだ。例えば、東京都には8カ所の公営墓地があり、毎年新規公募をしているが、従来タイプの墓石がある墓地で倍率は6~7倍、樹林の下に共同埋葬する「樹林型墓地」の場合は10倍前後と、なかなかの狭き門となっている。そもそも、公営墓地がある自治体は全体の半数程度とみられており、公営墓地があっても新規の募集をしていないところもあるので、誰もが入れるわけではない。
気持ちは焦るが、墓はそうそう気安く、買い換えられるものでもない。結局、一軒家やマンションを選ぶのと同じように、現地に足を運び、それぞれの長所短所を比較検討した上で決断しなければならないということだろう。高度経済成長期に苦労してベッドタウンに夢のマイホームを手に入れた両親の世代に敬意を表しつつ、もう少し、死後の"マイホーム"探しに汗を流してみようと思う。
(写真)筆者
貝田 尚重